米沢より愛をこめて・・:敬愛と感謝をこめて
2024-03-28T08:58:03+09:00
ykkyy
米沢から発信・・米沢の四季ほか
Excite Blog
さようなら! ありがとう! 北斗星
http://ykkyy.exblog.jp/24589307/
2024-03-28T08:58:00+09:00
2024-03-28T08:58:03+09:00
2015-08-23T14:17:32+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
~さようなら! ありがとう! 北斗星~
<青い客車の寝台特急、ブルートレイン>
<最後の「北斗星」札幌出発 半世紀以上の歴史に幕>
青い客車の寝台特急、ブルートレインの最後の列車が22日夕方、多くの鉄道ファンなどに見送られながら札幌駅を出発し、半世紀以上の歴史に幕を閉じることになりました。
札幌駅と上野駅を結ぶ「北斗星」は昭和63年のデビュー以降、個室の寝台やフランス料理の食事などが特徴の豪華列車として多くの人に親しまれ、半世紀以上の歴史のあるブルートレインの中でも最後まで残り、運行が続けられてきました。
<「北斗星」運行終了 ブルートレインの歴史に幕>
上野と札幌を結ぶ寝台特急「北斗星」の最後の列車が、23日朝、上野駅に到着し、昭和33年から運行されてきたブルートレインは、半世紀以上の歴史に幕を閉じました。
22日、札幌駅を出た最後の列車が到着する上野駅のホームには、およそ2500人の鉄道ファンなどが駆けつけました。そして、午前9時25分に列車が到着すると、集まった人たちは一斉にカメラを向けて、「おかえり」などと声をかけていました。
以上、2015.8.23 NHKニュース
【北斗星3号の食堂車風景】
【寝台特急列車・北斗星の食堂車「グランシャリオ」のディナー・フランス料理】
【寝台特急列車・北斗星、グランシャリオ(食堂車)の和朝食】
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御茶ノ水駅界隈を散歩して、父の学生時代を偲ぶ、2014.4.27
http://ykkyy.exblog.jp/24002359/
2024-03-27T06:20:00+09:00
2024-03-27T06:20:04+09:00
2015-04-27T21:30:06+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
~御茶ノ水駅界隈を散歩して、父の学生時代を偲ぶ、2014.4.27~
<父の学生時代を偲ぶ>
<御茶ノ水駅前から遠くに明治大学を望む、
亡き父の母校・中央大学法学部は八王子に移転している。>
都会の朝、目が覚める。此処は学生の町御茶ノ水。亡き父が学生時代に過ごした御茶ノ水。当時は中央大学法学部は御茶ノ水にあり、明治大学と隣り合わせだ。父のアルバムにはニコライ堂が写っていたので、御茶ノ水と言えば、中央大学、ニコライ堂を想う。現役時代には講習会会場の山の上ホテルや主婦の友会館そして自由時間は三省堂書店、スポーツ用品店を訪れたことも想い出す。ニコライ堂は遠くから眺め、あっちこっちを食べ歩きした。天丼やとんかつ定食を選び蕎麦は私のテーブルに載ることはなかった。山の上ホテルで食べた天重はそれにしても美味しかった。
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深い森の中で:或る女学校教師の随筆&エッセイ・・・26
http://ykkyy.exblog.jp/29391563/
2024-03-26T06:20:00+09:00
2024-03-26T06:21:02+09:00
2018-03-25T10:00:01+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
≪ある卒業生への手紙・・・6≫
どうも教師というものは、手紙を書いても説教じみてしまいお許し下さい。僕の言いたいことは、あなたの卒業した学校は、あなたを始め多くの卒業生の方々の期待に応えるべく努力して来ているし、又
これからも頑張って、卒業生諸君は勿論、地域社会の要望に応えようと期しているのです。
今年度の卒業生の中で、進学関係を除く二百何人かが就職希望で、その者は昨年十一月頃迄ほとんど就職が決定しています。三月十日の卒業式が終ると一斉に社会に巣立って行きます。僕達職員は、あなた方の時と同じように、その後姿に向かって、その幸福を心から願わずには」おられません。
多数の卒業生の中には、あなたのような幸福な家庭生活を営むことが出来ないものもあると思うのです。日々の生活といったものは、誠に平凡ですが、その平凡な生活さえ、碌々得られない程、今日の社会は険しくなってきています。
「学園通信」四〇・三
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・25
http://ykkyy.exblog.jp/29389241/
2024-03-25T06:20:00+09:00
2024-03-25T06:20:03+09:00
2018-03-24T07:04:11+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
≪ある卒業生への手紙・・・5≫
学校で修得した人間性が、実社会の矛盾に衝突した時、もう一度、
自らの心を学校に帰してカタルシスさせて行くこと。それだからこそ、学校は心の故郷だと言えると思うのです。昔、プラトンがイデアの世界を説いて、我々の魂はかってはイデアの世界にいた。我々が理想社会を望むのは、我々の魂がその昔徘徊していたイデアの世界を想起するからだと説いた。それと同じように、我々が若い時代に経過した学校と言う鈍化した世界を、我々は忘れ去ることが出来ないのだ。・・・・・・と僕はそんなふうに考えるのです。
最近のように、社会構造が、血縁、地縁といった共同社会的なものが漸減していった一方、功利的な利益集団がますます増加してゆく傾向にあればこそ、ますます学校という存在が大きくクローズアップされてゆくのです。然し一方現実的に、学校自体が利益集団化してゆくのが多いのを見ると、残念でならないと思うのです。
「学園通信」四〇・三
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・24
http://ykkyy.exblog.jp/29387229/
2024-03-24T06:22:00+09:00
2024-03-24T06:22:03+09:00
2018-03-23T06:16:09+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
~深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・24~
≪ある卒業生への手紙・・・4≫
なんだか話が理屈めいて、申し訳ないのですが、学校が単なる知識の売買の機関である功利的な利益集団であるなら、学校というものが、これ程僕達の心の領域を占める訳がないと思うのです。
人間が社会生活を送る為に修得しなければならない道徳性、言葉を換えればヒューマニティと言っていいかも分かりませんが、それを人生の諸時期の中の一番センシブルな時代に、他の人間との心のふれ合いによって成長させてゆくこと。これが学校という場だと思うのです。
「学園通信」四〇・三
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・23
http://ykkyy.exblog.jp/29385236/
2024-03-23T06:19:00+09:00
2024-03-23T06:19:03+09:00
2018-03-22T06:19:18+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
≪ある卒業生への手紙・・・3≫
あなた方が卒業したのは、今から十何年前ですが、それを覚えていますか?その当時の職員で今尚、元気にお勤めになっているのは、加藤孝次郎先生始め僕を含めて、僅か二人か三人です。現在、学校の職員全部で六十三人、全校生徒一五〇〇人以上ですから、その当時と全く隔世の感ですね。
あの当時は女の先生方が、男よりずーと多かったのです。今は若い優秀な男の先生が多く、当時の美男子(?)の山崎時夫先生は相当くたびれた部類に入っています。
戦後のベビーブームが、今日の高校入学者の激増を招いたとは申せ、学校自体がよき経営者の指導の下に、多数の職員が心を合わせ、努力を積み重ねてこそ、今日の発展を招いたのです。
あなたが卒業以来十何年という間、年に二、三回必ずと言っていい位、お便りを下さるし、また他の卒業生もそれぞれ先生方に度々手紙をよこして連絡を蜜にしていることは、学校というものの存在を、もう一度根本的に考えてみる動機になると思うのです。
僕も学校の教員という立場から離れて、学校というものの存在を、人間の心の原始に遡って、もっと素朴に考えてみたらとおもうこともあります。
「学園通信」四〇・三
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・22
http://ykkyy.exblog.jp/29383961/
2024-03-22T03:20:00+09:00
2024-03-22T03:20:03+09:00
2018-03-21T15:25:26+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
≪ある卒業生への手紙・・・2≫
米沢の冬は今年は案外順調で、今この手紙を書いている時、窓外は吹雪です。その雪の降り方をじっと見ていると、天地が沈んでゆくかと思われます。がその雪を手にとってみると、掌の中ですぐ溶け去って、その吹雪の荒々しさと共に、(春近し)という感じがします。もうじき三月、三月になると卒業式、今年は四五〇人からのが巣立とうとしております。
僕は卒業式というと、すぐあなた方の学年を思い出します。勿論、どの年でも卒業して去って行く生徒諸君の後姿を見る時、教師としての淡い感傷を感じない訳にはゆきませんが、矢張り人情というものでしょうか、三ヵ年担任として過ごしたあなた方の姿と、その当時の学園生活がすぐ脳裡に浮かんでくるのです。
「学園通信」四〇・三
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・21
http://ykkyy.exblog.jp/29382535/
2024-03-21T06:13:00+09:00
2024-03-21T06:13:03+09:00
2018-03-20T21:28:13+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
≪ある卒業生への手紙・・・1≫
お手紙有難う。
Uちゃんのいたずらな姿、目に見えるようです。此の間まで赤ちゃんだと思っていたのに、もう三つになるとはね。本当に歳月の経つのは早いものです。お手紙を頂いて、すぐ返事を書こうと思いつつ、一日延ばしにしてしまったのは、身辺多事なんていうと弁解になりますが、本当は年をとって、何か億劫になったというのが本音じゃないかと思うのです。
実際、あなたの結婚式に出席させていただいたのが此の間のようで、それから御主人の北海道転勤、赤ちゃんの誕生と、あなたを始め、僕の周囲がどんどん変わって行くのに、僕だけの時間の経過が停止しているみたいな錯角におそわれています。併し、気がついてみると自分も勿論、時の流れに押し流されて、時々年令の哀愁をひしひしと感じることもあるのです。
北海道はいかがですか、米沢は寒いといっても、寒さの本場はやっぱり北海道で、米沢で慣れているとはいえ、その寒さの中での毎日の家事大変でしょう。
「学園通信」四〇・三
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・20
http://ykkyy.exblog.jp/29377905/
2024-03-20T06:18:00+09:00
2024-03-20T06:18:03+09:00
2018-03-18T18:51:32+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
故九里 茂三 九里学園理事長のご冥福を
心よりお祈り申し上げます
偲ぶ会は、2018年3月18日・本日に執り行われました
≪想い出・・・6≫
私は勝山で自分の実力の不足から溺れかかった。
鵜原では愚かな見栄で、海の底に叩きつけられた。
伊東では危く自制して事故から免れることが出来た。
山や海で遭難する者の多くはこの類ではないかと思う。山の好きな者が山で死ぬのは本望だと、美しい言葉で飾るが果たしてそうだろうか。
私は伊東の海岸で半狂乱になって号泣していた母親のあの姿を、今になっても忘れることは出来ない。
柿ふたつ 小枝に残す 夕日かな
プールサイド コスモスひとつ おいてあり
「生徒会誌」「松友」 三六・三
<父の学生時代を偲ぶ>
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・19
http://ykkyy.exblog.jp/29377868/
2024-03-19T06:19:00+09:00
2024-03-19T06:19:04+09:00
2018-03-18T18:38:33+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
故九里 茂三 九里学園理事長のご冥福を
心よりお祈り申し上げます
偲ぶ会は、2018年3月18日に執り行われまました
≪想い出・・・5≫
その翌々年だったか、伊豆の伊東で、そろそろ海水浴シーズンも終わる頃、嵐で海が荒れたことがあった。その翌日の午後、未だ名残のウネリが高かったが、もう大丈夫かと海に入った。泳ぐと海草や藻が、腕や脚にからみついて来る。
これは危険だと思って泳ぎを止めて、其の儘、潮吹き岩という所に遊びに行った。夕方近く海岸沿いに帰って来ると、浜は人出で、大騒ぎだった。人混みの中から友人が飛び出して来て、
「なんだ、君が死んだと思って心配したぞ」という。聞くと大学生が一人行方不明になったという。しかもその学生は泳ぎが達者だったというので、泳ぎに出たまま、帰って来ない僕をテッキリ死んだと思ったのだった。
間もなくその学生は北大の医学部の学生だと分かった。友人と海の中で鬼ごっこして遊んでいる中、嵐で浮き上がった海草に自由を奪われて、そのまま見えなくなってしまったのだ。
知らせをうけてその母親と妹らしい二人が飛んで来た。大勢の見ている前で、その学生を呼びながら、右往左往している。近所の漁師達が小舟を出して、ここと思った水面で網を投げた。未だ雲行きの烈しい空に、夕日がかっと照って、その下で波頭の間に間に漁師が投網で死体を探している光景は凄惨なものだった。
柿ふたつ 小枝に残す 夕日かな
プールサイド コスモスひとつ おいてあり
「生徒会誌」「松友」 三六・三
<山崎時夫氏の学生時代を偲ぶ>
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深い森の中で:或る女学校教師の随筆&エッセイ・・・18
http://ykkyy.exblog.jp/23216111/
2024-03-18T06:15:00+09:00
2024-03-18T06:15:03+09:00
2014-12-16T12:09:19+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
~深い森の中で:或る女学校教師の随筆&エッセイ・・・18~
故九里 茂三 九里学園理事長のご冥福を心よりお祈り申し上げます
偲ぶ会は、2018年3月18日に執り行われます
≪想い出・・・4≫
外房州、小湊と興津の間に鵜原という、当時ほんの一寒漁村があった。相当泳ぎが達者になってから、私は愚かしい見栄で、危うく一命を落とすところだった。
前日の烈風の名残で波が高く海は荒れていた。海岸には誰一人泳ぐ者はいなかった。狭い地で、毎日のこととて、殆んど顔見知りで、一緒にいる兄と私が泳ぎ達者だと知られていた。
私は見栄でこの荒波の中を泳ぎだした。海は予想以上に荒れていた。一間以上の波が咆えるように打ち寄せる。今さら自分の見栄を悔やんで「しまった」と思っている中、凄い大波にあっという間もなく、棒切れのように海面に叩きつけられた。その波の底で何回か回転させられた。暫くの間はどっちが上だか下だか見当もつかない。
幸い波乗りの経験もあるので、死ぬとは思わなかったが、したたか水を飲んだ。じっとしていると浮き上がるので、其の儘、波に乗るようにして岸に辿りついた。その時、私の顔が真っ黒でなければ、真青に見えたことだろう。
柿ふたつ 小枝に残す 夕日かな
プールサイド コスモスひとつ おいてあり
「生徒会誌」「松友」 三六・三
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・17
http://ykkyy.exblog.jp/29375552/
2024-03-17T06:20:00+09:00
2024-03-17T06:20:03+09:00
2018-03-17T09:20:55+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
故九里 茂三 九里学園理事長のご冥福を心よりお祈り申し上げます
偲ぶ会は、2018年3月18日に執り行われます
≪想い出・・・3≫
驚いたのは私である。休もうと思った目的物が走り去った。このまま岸に戻らねばならない。ボートを漕いで来た人も、こんなに遠く迄泳いで来た少年は当然岸まで楽に帰ると思ったのか気にもしないで漕いで去った。
駄目だ。最初からその片道が自分の泳ぎの限界と考えていたためか、失望と落胆で、急に腕が乱れた。足がつかれる。静かだと思った海も、沖は結構波が高く、海水を続けざまに飲んだ。長流の故か、横に流され、海水浴場と離れた岩礁の方に行く。涙と海水が一緒になっていて、もう最後と思って水の中に立った時、足が地について、水が胸迄の深さだった。この時、嬉しいのか、悲しいのか、呆然として、暫くの間水の中で動くことも出来なかった記憶がある。
柿ふたつ 小枝に残す 夕日かな
プールサイド コスモスひとつ おいてあり
「生徒会誌」「松友」 三六・三
<父の学生時代を偲ぶ>
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・16
http://ykkyy.exblog.jp/29373476/
2024-03-16T06:24:00+09:00
2024-03-16T06:24:03+09:00
2018-03-16T08:24:32+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
故九里 茂三 九里学園理事長のご冥福を心よりお祈り申し上げます
偲ぶ会は、2018年3月18日に執り行われます
≪想い出・・・2≫
房総半島が三浦半島と相対する辺り、鋸山がある。その麓に勝山という小さな漁村があって、夏海水浴場として知られていた。小学五、六年の頃か、そこの海で危うく溺死しかけたことがあった。
沖に貸しヨットが浮いていた。海水浴客をさけるためかなり遠くにある。借り手が少ないか殆んどイカリを下している。私は海辺で遊ぶたびにその距離を目測していた。自分の力からすると、どうにかそこ迄泳げる気がした。が帰りは保証出来ない。ヨットに上って一時間ぐらい休めば、帰りはなんとか海岸まで辿りつけると思った。そんなことを毎日考えていた。
ある波の静かな夕方、私は敢然として泳ぎだした。調子よくどうにか夢中でヨットに近づいた途端、今まで気がつかなかったが、後からボートが来て、私を追い越してヨットの横付になった。ハット思った時、ボートから飛び移った男達がヨットの帆をあげたのである。
柿ふたつ 小枝に残す 夕日かな
プールサイド コスモスひとつ おいてあり
「生徒会誌」「松友」 三六・三
<山崎時夫氏の学生時代を偲ぶ>
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・15
http://ykkyy.exblog.jp/29373467/
2024-03-15T06:20:00+09:00
2024-03-15T06:20:03+09:00
2018-03-16T08:20:25+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
故九里 茂三 九里学園理事長のご冥福を心よりお祈り申し上げます
偲ぶ会は、2018年3月18日に執り行われます
≪想い出・・・1≫
人はそれぞれ想い出がある。悲しいこと、嬉しいこと、辛いこと、それらの想い出が堆積されて人生となる。想い出は淡く美しいものにしたい。何故なら清純な想い出は、清純な人生を生む。汚濁の想い出は、汚濁の人生の原因だからだ。
殊に高校生の諸君は、想い出を大切に美しいものに育てなければならない。高校生という青年期は、人生に於いて最も感受性に富み、その時代の印象は鮮明で強烈だからである。その時代の脳裡に切りこまれた想い出は生涯を通じて消え去ることがない。
さて米沢は山国である。東に奥羽山脈、南に吾妻の嶺を巡らして、この土地の人々は山に対して信仰に近いまでの憧憬をもつ人が多い。山への賛美、それは私も同じだ。唯、毎年のように起こる山の遭難事件は山の賛美ではない。むしろ山への冒瀆だ。山を心から愛するものは山を畏敬する。山で事故を起こす者は、山の真の姿を知らず、山を畏れ敬わないのであう。
私は山の知識、山の想い出は殆どない。小さい時から海の好きな私は海の思いでは限りなくある。若い時、海の恐ろしさ、海の真の姿を知らないために、海で危なく死にかかったことは二三ある。そんな話しをして、あなた方の人生航路の若干のお手伝いをしたい。
「生徒会誌」「松友」 三六・三
槍、穂高、常念、白馬の峯々に
春を告げたり 松本の城
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深い森の中で:九里学園教師故山崎時夫の随筆&エッセイ・・・14
http://ykkyy.exblog.jp/29371276/
2024-03-14T06:18:00+09:00
2024-03-14T06:18:03+09:00
2018-03-15T06:43:17+09:00
ykkyy
敬愛と感謝をこめて
故九里 茂三 九里学園理事長のご冥福を心よりお祈り申し上げます
偲ぶ会は、2018年3月18日に執り行われます
≪卒業生諸君へ贈る言葉・・・5≫
中世の教会の圧迫に耐えかねた人々が、ギリシャに還れと反発したあのルネッサンスは現代社会にも通用するものがある。これがどんな形で、どんな方向に結集されてゆくのだろうか、今の時点は未だ流動的である。
私がよくHRでお話しするように、どんな職場に行こうが、例え旋盤やフライス盤を操作していても、あなた方の関心は人間関係なのである。職場が面白いとか、面白くないとか云うことは結局は人間関係であって、単にソロバンや簿記の問題ではないのである。
それだけにあなた方はいつも自分を失わず、自分自身の確立と向上に努力しなくてはならないと思うのである。
「学園通信」三六・十二
槍、穂高、常念、白馬の峯々に
春を告げたり 松本の城
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