~霧と靄~
今朝は霧がかかっていた。靄っとしている。霧と靄の違いは、なかなか判らない。
以下、ウィキペディア、フリー百科事典より
【霧】
霧または靄は、微細な水滴が大気中に浮遊している事によって、視程(見通すことのできる水平距離)が小さくなる現象である。大気中に浮遊する水滴が光を散乱するために起こる。霧と靄の違いは、視程の低下の程度の違いであり、気象観測においては視程が1 km未満のものを霧といい、1km以上10km未満のものは靄(もや)と呼んで区別する。一般的に単位体積当たりの水分量が多いほど視程は小さくなるが、同じ水分量でも小さい水粒が多く存在する時の方が視程が小さい。
【靄】
靄(もや、英: mist)とは、霧と同様に空気中の水蒸気が凝結して細かい水滴となり浮かんでいて視程が妨げられている状態であるが、霧よりも薄いものをいう。 日本式の分類では視程が1km未満のものが霧、1km以上10km未満のものが靄である。
■ 「夜霧よ今夜もありがとう」と言うが「夜靄も今夜も有難う」とは、よもや言わないだろう。霧と靄の区別が判らなくなったら、このフレーズを思い出そう。
■ 戦後最大のベストセラー、霜山徳爾訳『夜と霧』は亡き父の書棚に会ったことを思い出す。自分の書棚にどんな本を残すかそろそろ意識しなければと靄っと思う。
■ 「カティンの森」をも思い出す。最近の事件をも思い出す。近頃、ロマンティックなことよりも、人間の業について考えてしまう。