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カテゴリ:教育・道徳・論語・勅語( 68 )
子游、考を問う
子游、考を問う。

子曰わく、

今の考は、是れ能く養うを謂う。

犬馬に至るまで、

皆能く養うこと有り。

敬せずんば、何を以て別たんや。

❝足利学校の歴史❞

 諸説がありますが、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、痒主(学長)制度を設けるなどして学校を再建したころからです。
 鎌倉建長寺住持の、玉隠永璵は、長亨元(1487)年の詩文の中で「足利の学校には諸国から学徒が集り学問に励み、それに感化されて、野山に働く人々も漢詩を口ずさみつつ仕事にいそしみ、足利はまことに風雅の一都会である」と賛美しております。
 また天文十八(1549)年にはフランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され「学徒三千」といわれるほどになりました。

   
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         <入徳門>

足利学校に入る最初の門で、
寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。

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<孔子像>
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          <学校門>

足利学校に入る2番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
足利学校のシンボルとして、
江戸、明治、大正、昭和そして平成へと
継承されています。


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<杏壇門>
足利学校に入る3番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
明治25年(1892)に、町の大火飛び火により屋根門扉が焼け、同三十年代に再建。

杏壇:孔子が弟子たちを教えたところに、杏の木が植えられていたことに由来しています。

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<孔子坐像>

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 ある時、門人の子游が考について尋ねた。

孔子は答えて言った。

現今世間では、親に対して、

目に見えた奉仕をすることが孝であると考えている。

しかし、奉仕することだけならば、

犬や馬だって人間に奉仕する。

敬う心がなかったなら、

どうして犬や馬と区別できるだろうか。


論語抄 史跡足利学校より



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by ykkyy | 2019-01-20 06:22 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
朝に道を聞かば
子曰わく、

朝に道を聞かば、

夕べに死すとも可なり。

❝足利学校の歴史❞

 諸説がありますが、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、痒主(学長)制度を設けるなどして学校を再建したころからです。
 鎌倉建長寺住持の、玉隠永璵は、長亨元(1487)年の詩文の中で「足利の学校には諸国から学徒が集り学問に励み、それに感化されて、野山に働く人々も漢詩を口ずさみつつ仕事にいそしみ、足利はまことに風雅の一都会である」と賛美しております。
 また天文十八(1549)年にはフランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され「学徒三千」といわれるほどになりました。

   
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         <入徳門>

足利学校に入る最初の門で、
寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。

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<孔子像>
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          <学校門>

足利学校に入る2番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
足利学校のシンボルとして、
江戸、明治、大正、昭和そして平成へと
継承されています。

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<杏壇門>
足利学校に入る3番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
明治25年(1892)に、町の大火飛び火により屋根門扉が焼け、同三十年代に再建。

杏壇:孔子が弟子たちを教えたところに、杏の木が植えられていたことに由来しています。

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<孔子坐像>

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 孔子言った。

その日の朝、正しい道を悟り得たとしたら、

その日の夕方、死んだとしても満足である。

(道を悟り得なかったなら、長生きしても、

何の意味もないものになってしまう。)

論語抄 史跡足利学校より




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by ykkyy | 2019-01-19 14:42 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
君子は諸れを己に求む
子曰わく、

君子は諸れを己に求む、

小人は
諸れを人に求む。


【2013、1.4】


孫は5歳にして、君子の心構え?

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 父親と雪遊びをして、長靴やら衣類がぐちゃぐちゃになって、孫がぐずってパパが・・・・と文句を言う。

 父親は「君子は・・・」と言うと、孫は即、下記を暗唱して、僕が悪かったと言う。
なんか、出来すぎた話ですが?

子日わく、

 「君子は 諸を己に求む。

  小人は 諸を人に求む。」

 『こども論語塾』その2 
著・安岡定子 より


❝足利学校の歴史❞

 諸説がありますが、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、痒主(学長)制度を設けるなどして学校を再建したころからです。
 鎌倉建長寺住持の、玉隠永璵は、長亨元(1487)年の詩文の中で「足利の学校には諸国から学徒が集り学問に励み、それに感化されて、野山に働く人々も漢詩を口ずさみつつ仕事にいそしみ、足利はまことに風雅の一都会である」と賛美しております。
 また天文十八(1549)年にはフランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され「学徒三千」といわれるほどになりました。

   
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         <入徳門>

足利学校に入る最初の門で、
寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。

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<孔子像>
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          <学校門>

足利学校に入る2番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
足利学校のシンボルとして、
江戸、明治、大正、昭和そして平成へと
継承されています。


≪学校門をバックに及第証を掲げる孫≫
足利学校 全国論語研究会の素読吟味(※)にて及第
※:論語の暗唱テスト
2014年 小学1年生 1回目及第
2015年 
小学2年生 富士山登頂
2016年 小学3年生 2回目及第(下記写真)
2017年 小学4年生 3回目及第(下記写真)により論語博士を受領

<2回目及第>

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<3回目及第し、晴れて論語博士>
博士証書は後日、東部小学校で校長?より受領
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<杏壇門>
足利学校に入る3番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
明治25年(1892)に、町の大火飛び火により屋根門扉が焼け、同三十年代に再建。

杏壇:孔子が弟子たちを教えたところに、杏の木が植えられていたことに由来しています。

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<孔子坐像>

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 孔子言った。

君子といわれる人物は、すべてを自分に求め、自分を責めるが、

小人は、すべてを他人に求め、責任を他人に求めるものだ。


論語抄 史跡足利学校より


≪素読吟味(論語の暗唱テスト)を

孫が受験≫
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史跡足利学校発行の『論語抄』の中から5章を暗唱していただきます。できた方には「及第証」を差し上げます。
また、素読吟味を3度以上及第(合格)した方には、「論語素読博士」の称号を授与します。
1.実施日:平成28年8月11日(木)午前10時~
2.会 場:史跡足利学校 書院
3.対 象:小学生・中学生

≪孫が暗唱した『論語抄』の中からの5章≫

平成29年論語素読博士を受領した際の暗唱テストで選んだ5章。

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by ykkyy | 2019-01-18 06:55 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
巧言令色 鮮(すくな)きかな仁
子曰く、

巧言令色

鮮(すくな)きかな仁。

❝足利学校の歴史❞

 諸説がありますが、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、痒主(学長)制度を設けるなどして学校を再建したころからです。
 鎌倉建長寺住持の、玉隠永璵は、長亨元(1487)年の詩文の中で「足利の学校には諸国から学徒が集り学問に励み、それに感化されて、野山に働く人々も漢詩を口ずさみつつ仕事にいそしみ、足利はまことに風雅の一都会である」と賛美しております。
 また天文十八(1549)年にはフランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され「学徒三千」といわれるほどになりました。

   
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         <入徳門>

足利学校に入る最初の門で、
寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。

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<孔子像>
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<孔子坐像>

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 孔子言った。

たくみに言葉を飾ったり、

たくみに顔色をとりつくろったりする人物には、

ほとんど仁(人間愛)の道はないと言ってよい。


論語抄 史跡足利学校より




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by ykkyy | 2019-01-16 07:05 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
君子は言を以て人を挙げず
子曰く、

君子は言を以て人を挙げず、

人を以て言を廃てず。

❝足利学校の歴史❞

 諸説がありますが、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、痒主(学長)制度を設けるなどして学校を再建したころからです。
 鎌倉建長寺住持の、玉隠永璵は、長亨元(1487)年の詩文の中で「足利の学校には諸国から学徒が集り学問に励み、それに感化されて、野山に働く人々も漢詩を口ずさみつつ仕事にいそしみ、足利はまことに風雅の一都会である」と賛美しております。
 また天文十八(1549)年にはフランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され「学徒三千」といわれるほどになりました。

   
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         <入徳門>

足利学校に入る最初の門で、
寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。

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<孔子像>
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          <学校門>

足利学校に入る2番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
足利学校のシンボルとして、
江戸、明治、大正、昭和そして平成へと
継承されています。


≪学校門をバックに及第証を掲げる孫≫
足利学校 全国論語研究会の素読吟味(※)にて及第
※:論語の暗唱テスト
2014年 小学1年生 1回目及第
2015年 
小学2年生 富士山登頂
2016年 小学3年生 2回目及第(下記写真)
2017年 小学4年生 3回目及第(下記写真)により論語博士を受領

<2回目及第>

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<3回目及第し、晴れて論語博士>
博士証書は後日、東部小学校で校長?より受領
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<杏壇門>
足利学校に入る3番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
明治25年(1892)に、町の大火飛び火により屋根門扉が焼け、同三十年代に再建。

杏壇:孔子が弟子たちを教えたところに、杏の木が植えられていたことに由来しています。

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<孔子坐像>

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 孔子言った。

君子は、すばらしいことを言ったからといって、

すぐにその人の価値を認めるようなことはしない。

また、価値のない人だからと言って、

その人の言うことを、

すべて無視するようなこともしない。


論語抄 史跡足利学校より


≪素読吟味(論語の暗唱テスト)を

孫が受験≫
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史跡足利学校発行の『論語抄』の中から5章を暗唱していただきます。できた方には「及第証」を差し上げます。
また、素読吟味を3度以上及第(合格)した方には、「論語素読博士」の称号を授与します。
1.実施日:平成28年8月11日(木)午前10時~
2.会 場:史跡足利学校 書院
3.対 象:小学生・中学生

≪孫が暗唱した『論語抄』の中からの5章≫

平成29年論語素読博士を受領した際の暗唱テストで選んだ5章。

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by ykkyy | 2019-01-15 08:08 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
日に三たび吾が身を省(かえり)みる
曽子曰わく、

吾、日に三たび吾が身を省(かえり)みる。

人の為に謀りて忠ならざるか、

朋友と交わりて信ならざるか。

習わざるを伝うるか。

❝足利学校の歴史❞

 諸説がありますが、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、痒主(学長)制度を設けるなどして学校を再建したころからです。
 鎌倉建長寺住持の、玉隠永璵は、長亨元(1487)年の詩文の中で「足利の学校には諸国から学徒が集り学問に励み、それに感化されて、野山に働く人々も漢詩を口ずさみつつ仕事にいそしみ、足利はまことに風雅の一都会である」と賛美しております。
 また天文十八(1549)年にはフランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され「学徒三千」といわれるほどになりました。

   
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         <入徳門>

足利学校に入る最初の門で、
寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。

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<孔子像>
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          <学校門>

足利学校に入る2番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
足利学校のシンボルとして、
江戸、明治、大正、昭和そして平成へと
継承されています。


≪学校門をバックに及第証を掲げる孫≫
足利学校 全国論語研究会の素読吟味(※)にて及第
※:論語の暗唱テスト
2014年 小学1年生 1回目及第
2015年 
小学2年生 富士山登頂
2016年 小学3年生 2回目及第(下記写真)
2017年 小学4年生 3回目及第により論語博士を受領

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<杏壇門>
足利学校に入る3番目の門で、
寛文8年(1668)の創建。
明治25年(1892)に、町の大火飛び火により屋根門扉が焼け、同三十年代に再建。

杏壇:孔子が弟子たちを教えたところに、杏の木が植えられていたことに由来しています。

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<孔子坐像>

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 孔子の門人の曽子が言った。

私は一日の中で何回も何回も、主として次の点について

反省する。

 一つは、他人のために相談に乗った時、

ほんとうに誠意をもって考えてやったか、ということ。

 二つは、友達との交際とにおいて、

信義を尽くさないことはなかっただろうか。

 三つには、まだ自分の知識として

完全に消化されてない事柄を、

他人に教え伝えはしなかっただろうか、と。


論語抄 史跡足利学校より


≪素読吟味(論語の暗唱テスト)を孫が受験≫
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史跡足利学校発行の『論語抄』の中から5章を暗唱していただきます。できた方には「及第証」を差し上げます。
また、素読吟味を3度以上及第(合格)した方には、「論語素読博士」の称号を授与します。
1.実施日:平成28年8月11日(木)午前10時~
2.会 場: 史跡足利学校 書院
3.対 象:小学生・中学生

≪孫が暗唱した『論語抄』の中からの5章≫
平成29年論語素読博士を受領した際の暗唱テストで選んだ5章。

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by ykkyy | 2019-01-14 10:34 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
唯仁者のみ能く人を好(よみ)し
曰わく、

唯仁者のみ能く人を好(よみ)し、

能く人を悪(にく)む。

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<入徳門>

足利学校に入る最初の門で、
寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。

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 孔子が言った。

ただ仁者(人間愛を中心とした道徳性を持つ者)だけが、

公平に人を愛することもできれば、

公平に人を憎むこともできる。


論語抄 史跡足利学校より
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by ykkyy | 2019-01-13 06:44 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
苟(いやし)くも仁に志せば、
曰わく、

苟(いやし)くも仁に志せば、

悪しきこと無し。

<入徳門>

足利学校に入る最初の門で、寛文8年(1668)の創建ですが、
天保2年(1831)鑁阿寺安養院の火災により焼失、
同11年(1840)頃修築。その後明治の中頃に
移転修築したと伝えられています。
 
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 孔子が言った。

仮にも、仁(人間愛)を心に持つことを志したなら、

その人においてすべての悪はなくなるのだろう。

論語抄 史跡足利学校より

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by ykkyy | 2019-01-12 07:14 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
学びて思わざれば即ち罔(くら)く
 子曰く、学びて思わざれば即ち罔(くら)く、

思いて学ばざれば即ち
(あやう)し。

 
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 孔子が言った。視たり、聴いたりして他から学んだことを、自分なりに思考しなかったなら、道理にくらいものになってしまう。逆に、他から学ぶことをせず、ただ自分だけで思考するならば、独善におちいる危険性がある。

論語抄 史跡足利学校より

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by ykkyy | 2019-01-11 06:06 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)
歳寒して、然る後に、 松柏の彫むに後るるをしる
歳寒して、然る後に、

松柏の彫むに後るるをしる


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子曰わく、 歳寒して、然る後に、

松柏の彫むに後るるをしる。

<通訳>

春夏の季節には、樹木はすべて葉を茂らせているので、区別することができないが、寒くなると、落葉樹のなかにまじる常緑樹である松柏の存在が、はじめてわかる。(それとおなじように
人間も、危険困難な情況になって、はじめて、その本性がはっきりするものである。)

    論語抄 史跡足利学校 より


【2011.8.31】


~危機の際のトップのリーダーシップ~


 危機のときにリーダーが力を発揮するというのはとんでもない。

 平常時にどんなリーダーであったかが危機のときにははっきりするということだ。

 現場の状況が分からなければトップといえども指揮のしようがない。

日ごろから現場を信じ、彼らのやることを認める体制ができていれば、

命令しなくとも現場が見事に対処するものだ。
 

日本経済新聞2011年(平成23年)「大震災日本を立て直す」5.三村明夫 新日本製鉄会長談より

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by ykkyy | 2019-01-10 08:22 | 教育・道徳・論語・勅語 | Trackback | Comments(0)